NHKの「SONGSスペシャル松任谷由実」に、奈留島が登場しました。 40年前、、(当時)女子高生のリクエストに応え、、、 ユーミンが校歌として「瞳を閉じて」をプレゼント、、、 そんなエピソードで知られる奈留高校。 ユーミンが、その歌碑の完成式以来、27年ぶりに訪問するという番組でした。 奈留島、、懐かしいですね! 40年前の奈留高校は五島高校の分校で、独自の校歌が無かったんですって。 「自分たちの校歌が欲しい」、、、 と言う事で、女子高生がラジオ番組「オールナイトニッポン」のコーナーに投書し、、 ユーミン(当時は荒井由美)が曲を作ってくれたのが始まりなのだとか。 正式な校歌とは認められなかったものの、、、 「愛唱歌」として、校歌と同格に歌い続けられてきたそうです。 27年前、その歌碑が完成した際には、、ユーミン自らも完成式に出席。 悪天候で飛行機の欠航が相次ぐ中、最後のチャレンジで到着でき、、 とにかく、感動の嵐だったみたいです。 そのあたりは、NHKの「新日本紀行」で番組化されています。 そして2015年。 奈留高校創立50周年の式典に、現役女子高生がユーミンを招待したんですって。 やはり、ラジオ番組での出来事。 ユーミンは、その番組の中で 「とても行きたいけど、、、ムリだなぁ。。」 と残念がっていたものの、、、、 スケジュールの都合がついたらしく、、、お忍びで訪問する事になった、、、 ソレが、今回の「SONGSスペシャル松任谷由実」の内容でした。 我が家が奈留島を訪れたのは2006年。 五島列島の上五島や福江島を巡った際、、 そんな奈留高校のエピソードに惹かれ、この島にも立ち寄った次第です。 船便の都合で3時間程度の滞在しか許されず、、激しく忙しかったですが。。 奈留島の港に到着し、、、(↑の写真) 客船ターミナル内(↓の写真)で、奈留高校への行きかたなどの情報収集していると、、、 Iターンで奈留島に定住したというオヂサンが登場し、アレコレとアドバイスしてくれたんです。 「(高校までは)歩いても往復できるけど、ソレだけぢゃツマラんだろう」 と言う事で、、、レンタカーを紹介してくれました。 そういうモノがあるとは知らなかったので、、大いに助かりましたよ。 急遽、レンタカーを借りる事になりまして、、、 港にやってきたのは、軽のワンボックス。(↓の写真) 横っ腹には「奈留レンタカー」と書かれていて、、 てっきり、営業所までの送迎車だと思ったら、、、 このまま乗って行きなさい。あまり時間が無いんでしょ? との事でした。 久々のマニュアル車で、、、ドキドキしちゃいましたよ。 クルマを借りられたので、機動力はバツグンにアップ! 余裕をコイて、ゆっくりヒルメシも食べられますよ。 「みかんや」という、なんとも愛らしき食堂を発見!(↓の写真) ワタクシは、ココで「ちゃんぽん 620円」を堪能。 カミさんは、五島に上陸以来、激しくホダされてしまった「五島うどん 420円」を。 長男坊(当時5歳)は、、、「ヤキメシ 600円」あたりだったと思います。 写真はありません。。 食堂を出たところで、、学ラン姿の男子高校生を発見! 島では唯一の高校ですから、奈留高校の生徒に違いなく、、 さっそく道を聞いてみました。迷子になってる時間はありませんから。 ちょっとコワモテ風のアンチャンながら、、 すんごく丁寧に、そしてニコニコと教えてくれましたっけ。 そのお蔭で、丘を登り切ったところになる奈留高に到着! 門を入ってすぐのところに、ユーミンの歌碑がありました。(↓の写真) ちょうど、4人の女子高生が校舎から出てきました。 彼女らは、いかにも歌碑を見に来たらしい我が家に向かい、 「こんにちはぁ」 などと、元気いっぱいなごあいさつ。 道を教えてくれたニィチャンもですが、、 みんな自分達の高校に、心の底から誇りを感じているように思えてなりません。 さて、今回の番組では、、、 記念式が、あと「瞳を閉じて」を斉唱して終わりという場面になり、、 そこで、ユーミンがサプライズ登場。 生徒も参列者も、そりゃビックリの大感激! 招待した女子高生は 「エエッ? 来れないって言ってたのにぃ!」 などと、感激にウチヒシガレていました。 まるでオトモダチ相手みたいな物言いが微笑ましく、、 なんて素朴で、そしてチャーミングなムスメさんなんでしょう。 ユーミンが島を去るシーンでは、最初に校歌をリクエストした女性も登場し、、 涙涙の感動のフィナーレでしたよ。 我が家は奈留高校を見学した後、、、 池塚のビーチロック(砂や礫が炭酸石灰質物と反応して天然のセメント化した地層。↓の写真)や、、 城岳展望所からの眺望を楽しみ、、、 ソソクサと福江島に渡りました。 当時(2006年)、ワタクシどもが撮影した写真を見ると、、 奈留高校の生徒数は116人とありますね。(↑の写真) 今は半数近くまで減少し、この島も過疎化の波が押し寄せている模様です。 この歌が消えてしまわないよう、お国はキッチリと対策して欲しいところですね。 いえいえ、例え奈留高校が閉校してしまっても、、 「瞳を閉じて」が島民の心から消え去る事は無いでしょう。 だって、15〜58歳の殆どの島民は直接的に、 それ以外の島民だってソレに近い形で、 この歌を歌ってきたのでしょうから。 愛唱歌「瞳を閉じて」ばかりが目立ってしまいますが、、、 奈留高校の正式な校歌も、タダモノでは無いんですね。 作詞家・石本美由起氏の作品なんです。 「憧れのハワイ航路」「矢切の渡し」「悲しい酒」「長良川艶歌」などを手掛けた大御所で、、、 なんと、いなかっぺ大将の「大ちゃん数え歌」まで氏の作品だそうです。 氏は、ユーミンが奈留島を訪れた「新日本紀行」を見て感動し、、、 この詩を同行にプレゼントしたんですって。 ちなみに、、、 初島の初島小中学校の校歌もオドロキもので、、、 作詞:阿久 悠 作曲:三木たかし なんですよ。 やはり、感動の物語があった模様です。 中通島へ 福江島へ このブログの、奈留島の過去記事 http://ogihima.at.webry.info/200708/article_7.html |
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上五島空港と頭ヶ島天主堂(頭ヶ島・長崎県新上五島町)
我が家が五島列島を巡ってから、10年が経ちました。 佐世保からロートルフェリー「なみじ」で中通島に上陸し、、 奈留島などを経て福江島に渡ったんです。 当初、上五島島には空路で上陸って案もあったのですが、、、 存在するハズの航空路線が予約不能で、オドロきましたですとも。 果たして、どういう事だったのでしょうか。。 当時、長男坊は5歳、、マナムスメは存在していません。 ...続きを見る |
放浪者の平日 2016/07/17 06:07 |
五島に行ったら「かっとっぽ」【和食処 味彩】(中通島・長崎県新上五島町)
我が家が五島列島を訪問したのは2006年。 佐世保発のフェリーなみじに乗り、有川港(中通島)からの上陸でした。 中通島は上五島の盟主、、、、五島列島全体でも2番目に大きな島ですね。 山も深いです。ナメてはイケません。 頭ヶ島教会から「一二三の滝」へ向かった道は険しい山越えダートでしたもの。 ヒヤヒヤ。。 ...続きを見る |
放浪者の平日 2016/07/30 11:43 |
五島列島・福江島は雨だった(長崎県五島市)
2006年のGW、、五島列島を訪れた我が家。 佐世保からフェリーなみじで中通島に上陸し、、、 次に渡船で若松島、そこからフェリーで奈留島、、 さらに高速船を乗り継ぎ、、、 いよいよ、五島列島最大の島、福江島に到着したのです。 この時、長男坊は5歳、、マナムスメは存在していませんでした。 ...続きを見る |
放浪者の平日 2017/02/19 12:09 |
福江島、、、倭寇のケツと鬼岳(五島列島・長崎県五島市)
遣唐使の中継基地という誉れ高き立場だった五島列島は、、 後には、倭寇の拠点というダーティーな地になった模様です。 福江島には、いまでも痕跡が残っていまして、、 島の南端近くにある「勘次ヶ城」は、倭寇の城だと言われています。 そこを目指してみると、、、 おおっ! オワシワシますぢゃないですか、倭寇の皆様が! ...続きを見る |
放浪者の平日 2017/02/20 06:24 |
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