伊豆諸島・八丈島と青ヶ島を結ぶ、無くてはならない貨客船でした。
今は「あおがしま丸」なる新造船がタノモシく就航していますが、
それまでは100トン余りの小さな環住丸が、1人でソレを支えていたんです。
欠航率が50%を越える、驚愕の航路をですよ。
コレが、在りし日の還住丸です。(↑の写真)
漁船のオヤダマみたいでしょ?
旅客定員は40人ほど。
基本的に毎日、八丈島から青ヶ島を片道2時間半で結んでいたんです。
ただし、、あくまでもソレは予定であって、、
前記の通り半分は欠航、、、もしくは途中で引き返し、、
全て、波のシワザです。
八丈島と青ヶ島の間を行き来する船は、
黒潮やら黒潮反流やらに揉まれまくる訳ですね。
我が家の場合は、オマケつき3時間の航海の末、、、
一歩マチガエれば、青ヶ島・三宝港を目の前にしながら、、
またまた3時間掛かりで八丈島に引き返すハメになるところでした。
還住丸の船室は、こんな感じです。(↑の写真)
船尾側はカーペット式の座敷席、船首側は新幹線みたいなイス席。
青ヶ島の民宿のオッチャンによれば
「絶対に座敷を選ぶべき。イス席なんかに乗ったら100%ゲロゲロになる」
なのだそうです。
ソレは上陸後に聞いたハナシですから、、
我が家は乗っちゃいましたよ、、、イス席に。。
ソコにオワシマシマしたのは、若者5人グループ、ワタクシ、カミさん、長男坊。
都合8人、、、その人々の運命は、、、、
8人中6人が船酔い、、、うち5人がゲロゲロ。。散々な結果でした。
ワタクシはヘーキだったうちの一人です。一歩手前でしたが。。
長男坊は、、超大ゲロ。。見事に離島航路の洗礼を受けました。
当時は生まれていなくて難を逃れたマナムスメは、、
後に、フェリーはてるまで、その洗礼を受けています。。
民宿のオッチャンは
「コドモは吐いちまえばケロっとするもんだ」
「船酔いで死んだヤツは居ないからダイジョーブだ」
なんて言ってましたが。。
この要塞のようなモノが、青ヶ島の三宝港です。(↑の写真)
ロクに入江の無い青ヶ島の、唯一の現役港なんです。
なので、風向きによって港を使い分けられず、、、
ソレが欠航率の高さの要因なんですって。
どうにか岸壁に着けても、大きなウネリで船は上下しまして、、、
船体と岸壁の高さが揃ったチャンスを狙って、
「ソレっ」とばかりにジャンプしての下船でした。
荷物も同様、、、タイミングが大事です。(↓の写真)
とにかく、、、青ヶ島に上陸出来た我が家。
しかし、欠航率50%はダテではありません。
帰りの還住丸は、見事に欠航をキメてくれたんです。。
結果は、、、
民宿のオッチャンの機転でゆり丸にブチ込まれ、なんとか八丈島に戻れたんですけどね。
思い出の、、そして懐かしの還住丸、、その退役後は、、、
どうやら解体されてしまった模様です。
Requiescat in Pace 還住丸!!
青ヶ島の詳細「要塞島上陸作戦」:(ワタクシのメインサイトです)
http://www5a.biglobe.ne.jp/~ogihima/menu/menu5/baka/aogasima/aogasima.htm




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