上野・御徒町・秋葉原、、三都物語【1】上野の路地裏に踏切が!(上野検車区・台東区東上野)


所用で上野に出向きました。
商店街の奥に、デーンとオワシマシますスカイツリー。
なかなか絵になる眺めぢゃないですか。
上野と言えば、東京の北の玄関と言われた上野駅や、
動物園、不忍池の周辺、、そのあたりしかイメージが湧きません。
そうそう、懐かしのバイク屋街も上野でしたよね。

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「かっぱ通り」の旗を発見!
正式名称は「かっぱ橋本通り」。
調理器具などの道具屋街で有名な、合羽橋に続く道ですね。
元々は、大正時代に店を構えた古道具屋の集まりだったみたいです。
ワタクシは未訪ですが、、、
道具好きのカミさんを連れて行ったら、きっとミモダエする事でしょう。

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何やら可愛らしいバスが走っていました。
台東区のコミュニティーバス「めぐりん」です。
日野ポンチョという車種で、そのネーミングもお似合いですね。
ちなみに、、、
我が千代田区のコミュニティーバス「風ぐるま」は、こんな感じです。

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上野駅方向を目指して街中を歩いていると、、
あれ? 塀の向こうに電車のアタマが見え隠れしているぢゃないですか。
アタマだけ茶色い黄色の車体、、
さて、、どこかで見た事があるような。
車両の上に架線が無いようですが、まさかディーゼルカーですか?

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塀を回り込んでみると、、、、
おおっ、アナタがたは銀座線の車両!
営団地下鉄の中でも最も最古参の銀座線が、珍しくも地上にお揃いですか。
ココは上野検車区という、車両基地なのだそうです。
銀座線の姿を地上で見れるのは、渋谷駅の手前の一瞬だけだと思っていました。

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なんと、踏切まであるとは。
この踏切、線路側に柵が設けられていまして、、
車両が出入りする時だけ、それが開閉される模様です。
銀座線と丸ノ内線は「第三軌条方式」と言いまして、
電車を動かすモーター用の電気は、車両の上の電線ではなく、
地べた側にある3本目のレールから給電される仕組みなんです。
その電圧は、意外に低くて600Vですが、、(通常の地下鉄は1500V)
それでも人が触れると、おそらく感電死しますので、
部外者が線路内に立ち入らないよう、厳重にガードしているのでしょう。

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「ここは踏切です 注意!」
なる看板もありまして、とにかく厳重ですね。
まさかココに踏切があるとは思わない人々も多いでしょうし。
おっと、ワタクシもそうでした。。
そもそも、城東地区には踏切の数が極端に少なく、、
我が家のコドモ達も踏切を目にする事自体が稀だったりします。
ワタクシが生まれ育った世田谷では、踏切を渡らなければ生活が成り立ちませんでしたよ。
高架化が進み、その数は減っていますけれど。。

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踏切の北側は車庫、、、
そして南側は地下に潜っていくトンネルでした。
かつて、
「地下鉄の車両は、どこから入れるのでしょう」
なる漫才のネタがありましけれど、、、
春日三球さん。、銀座線の場合は、ココから入りますよ。

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昭和通りに出ると、、、
ソコは、かつてのバイク街。
道の両側を、おびただしい数のバイク系の店が軒を連ねていたんです。
今でも、バイク関係の店がポツリポツリと見かけられたものの、、
お世辞にも「バイク街」とは言えるような状態ではありません。
中心的な存在だった光輪モータースだけでも20店舗あったのに、、
その光輪も倒産し、そして追い打ちをかけるように、、、
社長は不慮の事故で亡くなってしまったそうです。。
時代の流れは残酷ですね。。。

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上野駅に到着!
コチラも、凋落のカホリが漂いましょう。
東北や上信越への列車をドォンと引き受けていた上野駅も、
その立場を新幹線の東京駅に明け渡し、、、
さらに、常磐方面への始発駅という立場まで、
殆ど品川駅に奪われちゃいましたもんね。。
上野発の夜行列車に乗る時のワクワク感が、
思いっきり懐かしいばかりです。。

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「あ々上野駅」の碑がありました。
碑のバックは、タイル張りの薄汚れた壁でして、
便所の裏にでも設置されたように見えてしまうのが残念です。
ワタクシの母親も、長野から上京しての就職でしたから、
たぶん、希望と不安に胸膨らませて上野駅に降り立った事でしょう。

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上野でメシと言えば、、、
何と言っても、西郷会館の聚楽台でしょう。
「じゅらくよぉぉん」などと叫びながら、
スカートをひるがえして走り寄ってくるニセモノのマリリンモンロー?
それは聚楽台とは関係ありません。別物のホテルです。
聚楽台は、上野公園をバックにデーンと構えた、
和洋中が何でも揃う、ゴリッパなレストランでした。
上京して上野に降り立つ人々のアコガレの場、、、
などと言ったらオオゲサでしょうか。
しかし、、、時代の流れに大いに流され、、、
西郷会館は「UENO3153」に生まれ変わり、、
聚楽台はガード下へ移転し、「じゅらく」というファミレスになりました。
せっかくですので、ココでヒルメシを食いましょうか。
トォチャンの切ない思い出が詰まった、聚楽台の血を引く店で。。

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この記事へのコメント

  • 山ちゃん

    今晩は!
    上野駅と云えば、♪あ~あっ上野駅♪ですね(^_-)-☆
    それに、柳亭痴楽の”上野を走る電車は内回り、近頃わたしは外回り・・・”のつづり方教室が懐かしいです。
    地下鉄の搬入口はこんな所にあるんですね(@_@;)
    2020年02月09日 23:19
  • おぎひま

    山ちゃんさん、コメントありがとうございます。

    色々なシーンに登場した上野駅。
    「津軽海峡冬景色」も、その一つですよね。
    今では、ただの途中駅。。
    時代の流れです。。
    2020年02月10日 05:48